補聴器を販売するためには、様々な技術的知識が必要になります。
補聴器の構造を理解するための音響学、聴覚の仕組みを理解するための臨床医学、カウンセリングに必要な心理学、挙げればキリがありません。
私は、そうした基本を認定補聴器技能者の資格を取るときに学びました。
そして、もっと大切なことも様々な人との出逢いの中で学んでいきました。
私は、埼玉県の秩父市に育ち、家業がメガネ、時計、宝飾店だった為、高校を卒業すると、メガネの専門学校に入学しました。
と、言えば格好も付くのでしょうが、実際は、大学試験に落ち、進むべき道が分からなくなって、結局、家業を継ぐという理由で専門学校に行くことになったのです。
当時は、そうとう落ち込みました。周りの友達は、大学やら就職が決まっていく中、自分ひとり取り残されたような気持ちになり、この先どうしたら良いだろうと、悩んだのを覚えています。
そんな時に、ふっと思い出したのが、おばあちゃんの一言でした。
「厚志は良い子だから。厚志は良い子だから。」
小学生の頃、遊びに行く度に、
「厚志は良い子だから。厚志は良い子だから。」
と言ってくれていたのです。
普段は、忘れていた言葉でしたが、ふっと頭の中に浮かんだ時、心の中に灯りが灯ったように暖かくなったのを覚えています。
子供の頃、私の父は厳格で、とても怖い存在でした。昔ながらの雷親父と言ったところでしょうか、怒るとすぐに拳が飛んでくる典型的な昔の父親でした。
母親は、そういう父を立て、一緒に商売を守り立てていくといった人で、性格は、さっぱりしるけど、言いたいことはしっかりと言う人でした。
小学生頃の頃から、そんな両親の商売をしている姿をずっと見てきました。結局は、仲良く二人で商売をしている姿を見ていたので、進路を決める際も、後を継ぐという決断をしたのかもしれません。
専門学校卒業後は、5年間、同業のお店で修行し、1989年の1月に秩父に帰ってきました。私は、修行の成果を見せようと、張り切って仕事をしていまいた。
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