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オオシマ補聴器センター
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認定補聴器技術者 大島厚志について

 

はじめまして、大島厚志(おおしまあつし)と申します。

 

●パーソナル・データ

生年月日:
1964年12月11日 辰年 いて座
誕生の場所:
埼玉県秩父市
血液型:
0型
身長:
168cm
体重:
61キロ
住まい:
埼玉県秩父市
趣味:
サッカー、スキー、スノーボード、読書、お酒、旅行、冒険、
勉強、英会話、チャレンジ
好きな歌:
なごり雪、神田川、妹よ、いい日旅立ち
好きな映画:
ダイハード、釣りバカ日誌、幸せの黄色いハンカチ
感動したこと: オーティコン社の創立100周年記念に招待されたこと。
詳しくはこちら


●人生の目標(ミッション)
  自由に楽しく生きること。


プロフィール


私は大島厚志(おおしまあつし)と申します。
平成10年に、認定補聴器技能者の試験に合格。
現在は、秩父本店、熊谷店、高崎店で、「一人でも多くの方に、快適な聞こえを提供して、お客様に喜んでもうらこと」を、コンセプトに補聴器の販売をしております。

子供のころ
小学生のころは、勉強より運動が大好きな子供でした。毎日、学校から帰ってすぐ遊びに行き、日が暮れるまで帰って来ません。地域のソフトボールチームに入っていて、放課後はいつでもソフトボールの練習をしていた思い出があります。
その反面、勉強は大嫌いでした。イスに座って長時間いることが苦痛だったのかも知れません。また、照れ屋で内気な性格でした。(これは、今も変わっていませんが・・・)

人生の分岐点(進路の決定)
最初の分岐店は、高校を卒業するころの進路を決める時期です。
成績はあまりよくないのに、就職もしたくない。
どうすればいいか悩んだあげく、家業の眼鏡店を継ぐしかないと思い、眼鏡の専門学校に行きました。
今思えば、将来のことは何も考えられなくて、ただただ、まだ遊んでいたいという思いだけで、進路をきめてしまったように思います。
両親にしてみれば、後を継いでもらいたいという気持ちもあって、賛成だったのかもしれません。

人生の分岐点(補聴器との出会い)
その後、5年間、他のお店で修行し、平成元年に家業を継ぐべく戻ってきました。そして、平成3年、偶然に世界一の補聴器メーカー・オーティコン社のセールスエンジニアと出会い、補聴器の素晴らしさを知ることになりました。
補聴器に携わってまもなくたったある日、あるお客様から届いた一通の手紙をきっかけに私の心にスイッチが入り、補聴器の販売を通じて、たくさんの方に貢献したいという気持ちが、さらに強いものになっていきました。

現在、スタッフ8人体制でやっておりますが、ほとんどのスタッフが、オープン当初からいるスタッフで、オオシマの基本理念である「お客様に喜んでもらう」ということに共感してもらって、全員が一丸となって頑張っています。本当にありがたいことです。

今までの人生を振り返って
私が小さいころの父親は、とても怖く、すぐに手が出てくるような父親でした。
もちろん、それなりの理由があったと思いますが、近寄りがたい雷親父のイメージしかありませんでした。
しかし、一緒に仕事をするようになってから16年がたちました。その間、さまざまな事がありました。たくさんの喜びや悲しみを共有してきました。
今では、人生のお手本として、心から尊敬できるようになりました。

現在、小学4年生の長男と1年生の長女に恵まれ、両親と同居という悪条件の中、よく私を信じてついてきてくれている妻がいます。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

今振り返って思うことは、家族をはじめ、スタッフの皆さん、オーティコン社の皆さん、友人知人の皆さん、そして、今までご支持いただいたお客様に支えられて今があるのだとつくづく思います。これからも皆さんから頂いたご恩をお返しできるよう精進していきたいと思います。どうぞ、これからもよろしくお願いいたします。

大島 厚志






スタッフの紹介
 

●熊谷店スタッフ 【猪狩 福枝】


猪狩福枝
こんにちは。猪狩福枝(いがりふくえ)と申します。

オオシマ補聴器センターに勤務させていただいてから、10年が過ぎました。補聴器販売は、お客様とのコミュニケーションが大切な仕事です。良き聞き役になれ、永くお付き合いいただけるよう常に自分を磨いていかなくてはと思っております。お客様に好印象を感じていただける店作りを目指しております。

趣味は洋画鑑賞です。中学生のころから洋画ファンで、友達に歩くロードショーと言われるくらいでした。見る映画のひとつひとつのストーリーに感動し、画像の美しさに釘付けになり、スケールの大きさに圧倒され、そして、男優女優問わずに、素敵な俳優にときめく毎日を過ごしていました。

今は、映画館にいくことも少なくなりましたが、レンタルビデオを借りてきて、ひとりで感動の涙を流して見るのが私の楽しみです。
だぶん、何歳になっても洋画を見続けていると思います。あのウキウキ・ドキドキの気分は止められないですからね。
また、自分に合ったワクワクをもっと増やそうと思います。楽しみは待っていても来ないから、こちらから探しに行ってきま〜す。




 

高崎店スタッフ 【吉井 和香子】


吉井和香子
はじめまして、高崎店の吉井和香子(よしいわかこ)と申します。

私はいつもお店で、お客様のサポートをさせていただいております。
私が一番嬉しいのは、「吉井さん、聞こえるようになって嬉しいです。」「こんなに良く聞こえるなら、もっと早く作ればよかった。」と喜びの声をいただくときです。

もちろん、はじめからうまく使える方ばかりではありませんが、私たちの信条は、お客様の身になって親身にお手伝いさせていただくことです。何かお困りのこと、感じたこと等、ご遠慮なくお申し付けくださいませ。また、補聴器装用にあたって、ご自分で工夫されていることなど、お話いただくと、他のお客様への手助けになります。お客様の声を大切に、補聴器に関する情報発信現になりたいと思いますので、今後ともよろしくお願いいたします。

私の祖母
92歳の私の祖母も、オオシマの補聴器を使っております。年とともに聞こえが悪くなり、会話に不自由があり、孫娘の私が、補聴器の仕事をしているのにも関わらず、「補聴器は雑音がするからイヤだ。」「機械をつけるなんてうっとうしい。」といいながら、装用を拒否しておりましたが、聞こえないままボケてしまっては困ると、家族からの後押しもあり、昨年、やっと補聴器を使い始めました。

年が年なので自分ではボリューム操作が難しいので、全自動補聴器をつくりました。家が道路沿いにあるので、はじめは車の音が気になると言ってましたが、音の調整をして、今では皆の会話の中に入ることができます。本人も「和香子、こんなに聞こえるなら、もっと早く作ればよかったよ」と言っているし、家族にも喜ばれているし、私もホッとしております。

補聴器は装用を決心するまでの勇気と、装用を始めてからの努力と、周りの人の協力がとても大切だと思います。そんな中で当社の補聴器をお買い上げいただき、ご使用になっていただけるということは、とてもありがたく感謝しております。

クリーニングにご来店いただくときのお客様の笑顔が、日々の励みになっております。もっと多くのお客様の笑顔に出会えることを楽しみにしておりますので、高崎地区の方はもちろん、多地区のお住まいの方も、どうぞ、お気軽にお立ち寄りください。私も笑顔でお待ちしております。



 

高崎店スタッフ 【斉藤 晶】


斉藤晶
いつもお世話になっております。高崎店の斉藤晶(さいとうあきら)と申します。

先日、東京にて一週間、補聴器技能者の講習に行ってまいりました。どのような内容かと言いますと、「難聴の治療の現状」「補聴器の性能」「難聴者の精神的問題」「など、大学病院の教授より、講義を受けてきました。

ある教授がこんなことを言っていました。「聴覚(耳)を全く失えば、聴覚によるコミュニケーションは不可能となる。言葉を発することができれば、自分の意思を相手に伝えることは可能であるが、相手の言葉は理解できないから、一方通行で完全なコミュニケーションとはいえない。このように聴覚に障害がおきることにより、家族、友人、隣人とのコミュニケーションに支障をきたしています。これらを補うのが補聴器だ。」と言っていました。私は非常に大きな仕事をやっているのだと、あらためて思いました。

皆さんは、ヘレン・ケラー女子の話はご存知ですか?本の中にこんなことが書いてありました。「私は目が見えないと同時に耳も聞こえないが、耳が聞こえないことは、目が見えないことよりも問題は重大ではないにせよ。深刻かつ複雑である。聞こえない方がより大きな不幸である。」と書いてありました。
聴覚は日常生活で非常に大きな役割を果たしております。私は補聴器を通して、皆様に「最高の聞こえ」を提供できるように、日々、勉強、努力をしていきますので、いたらぬ点がありましたら、どんどんご指導をお願いいたします。



 

●秩父店スタッフ 【新井 恵名】


新井恵名
皆様、初めまして秩父本店でお世話になることになりました新井恵名と申します。

まず名前ですが、何と読むんだろうと思った方がほとんどだと思います。小、中、高と先生にも正解で読んでもらったことが多分1回も無いと思います。
それでは正解ですが『やすな』と読みます。正解だった方はいらっしゃったでしょうか?

この名前は私の今は亡き祖父が付けてくれました。祖父は歴史や浄瑠璃が好きだったようです。その祖父が姉妹、従姉妹の名前は全て付けました。特に私の名前の恵名は平安中期の陰陽師、安倍晴明の父の浄瑠璃『葛の葉』に出てくる安倍保名から命名したそうです。

その安倍保名という人は頭の良い人だったらしく、その人の様になって欲しいと付けたようでその願いは・・・
その代わりに体を動かすことが大好きで体育大学へ進みました。そこでは教職を専攻し出身中学へ教育実習にも行きました。卒業してから5年以上経っていたのですが中学時代に県大会で準優勝した時の賞状と写真があり(ちなみに種目はバレーボールです)とても懐かしく感じたことを覚えています。教育実習は3週間という長い間お世話になり本当に大変な思いをしましたが、教育実習の最終日には子供達から花束と何故かジャージをプレゼントしてもらい(多分実習中に私のジャージはダサいと子供達に言われていたので)とても嬉しく、苦労が報われた気がしました。そしてたくさんの仲間にも出会え(今でも4年に1度オリンピックみたいですが同級会を開いています)とても充実した大学生活でした。

もちろん今もバレーボール(もちろんママさんですが)を続けています。結構秩父の中では強いチームなんですよ。練習は週に1回、夜、中学校の体育館を借りてやっています。私にとっては仕事と家事を両立させるのには丁度良いペースです。年に12回位公式試合もあります。私の母も同じチームでプレーをしていたので親子2代でお世話になっています。
今、私の娘も部活動でバレーボールをやっているので、娘もママさんになったらこのチームでプレーさせるつもりです。

そしてここでもすばらしい仲間達と出会え楽しく練習に励んでいます。(おしゃべりが多くなってしまうこともありますが・・・)
以上いろいろと並べてしまいましたが、一日でも早く仕事を覚え皆様のお役に立てる様になりたいと思いますのでどうぞよろしくお願い致します。



 

●秩父店スタッフ 【大島 徳子】


大島 徳子
はじめまして、大島徳子です。

はじめましてと言いましても、何度かお会いした事の有る方がいらっしゃるかと思います。
実はここに嫁ぎまして、早二十年近くが絶とうとしています。
子供達も、親をあまり必要としない年頃になって来まして、丁度、新井さんが、入社と言う事も有り、社長である主人から「一緒に覚えたら」と言う事で、この度の運びになりました。

生まれは秩父市吉田の石間の山に囲まれた、のどかな、空気の美味しい所で小学生迄育ちました。そのせいか、性格はのんびり屋が玉に瑕です。上手くはありませんが、スポーツなど体を動かす事が、大好きです。その辺、新井さんとも気が合いそうな気がしました。(もしかしたら、新井さんは思ってないかも・・・・・。笑)

先日、補聴器相談会に同席させて頂く機会がありました。
テキパキとお客さんに対応する姿を、拝見しとても勉強になりました。
何時か私もそんな風に慣れたら・・・と思いました。

勉強して行く中で、改めて、補聴器と言うものが、奥の深いものだと感じました。
お一人お一人の聴力は違っていて、その人に合う補聴器は一つしかない事、一人一人に合った微妙な調整をしなくちゃいけない事、そして、耳の聞えない人は、聞える様になりたいと言う事、聞える様になると皆さんが笑顔になる事などを知りました。
そしてそれを私どもが精一杯手助けをさせていただくという事です。

覚えなくてはいけない事が、まだまだ沢山有りますが、先輩の方々に教えて頂き、少しずつでは有りますが、努力し、お客様に喜んで頂ける様、頑張って行きたいと思いますので、どうぞ今後とも宜しくお願いします。




オオシマ補聴器センター

 メールアドレス:info@1mimi.com
秩父本店
〒368-0034 埼玉県秩父市熊木町7-6
TEL:0494-23-3350 FAX:0494-23-3458
熊谷店:
〒360-0037 埼玉県熊谷市筑波1-27-3
TEL&FAX:048-527-4141
高崎店:
〒370-0851 群馬県高崎市上中居町175-1
TEL&FAX:027-327-2933

 

 

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