|

補聴器が人を幸せにできると気づくまで
私のお店はもともとメガネ店でしたので、1年に5〜6台しか補聴器を販売していませんでした。
あれは1992年の桜が咲く頃。
落合さんというお客様が補聴器を購入したいと来店されました。
私はお店に在庫してある箱型の補聴器をお売りしたのですが、その翌日に、ものすごい剣幕で文句をおっしゃってきたのです。
「大島さん、この補聴器ガーガーして、言葉がわからないよー。」
「何とかしてくれよ!」
当時私は、補聴器の知識がなく、何とかしてくれと言われても、どうすることも出来ませんでした。
しかし、目の前にものすごい剣幕でクレームを言っているお客様がいるのです。なんとかしなければなりません。そこで思いついたのが、補聴器を作っているメーカーの人を呼んでくることでした。
数日後に、再来店してもらう約束をし、メーカーの人に対応してもらう事が出来ました。
はじめは、まだお客様の怒りは収まっておらず、けんか腰でお話をしていましたが、その一時間後には、笑顔で帰っていきました。
私は、ホッとしたのと同時に、自分の知識のなさが、お客様の怒りをかってしまったことを痛感しました。
おもしろいもので、その後、数日間のうちに、5名の方が立て続けに補聴器を購入したいと来店したのです。
まだ、知識がありませんから、販売するか迷ったのですが、在庫もありますし、お売りすることにしました。
結果は、先日のお客様と一緒でした。
5人中4人の方が、クレームを言ってきたのです。
「よく聞こえない」
「雑音がして、耳につけていられない」
など、かなり深刻なものでした。
また、メーカーの人を呼んできて対応してもらったのですが、これ以上補聴器を販売したらお客様を怒らすだけだ、信用にかかわる。もう補聴器を販売するのはやめようと決心しました。
しかし、その数ヶ月後一通の手紙が届いたのです。

拝啓、先日は補聴器をお世話になりありがとうございました。
私は、子供のころ、父に耳掃除をしてもらっているときに、誤って鼓膜を破ってしまったのが原因で、難聴になってしまいました。
それから、人には言えない辛さをイヤと言うほど味わってまいりました。
そばにいた父は、難聴にしてしまったのは自分のせいだと思い込んでいましたから、私以上に辛い思いをしていたようです。その父も今年の8月暑い時期に亡くなりました。
生前病院に見舞いに行ったときのこと、
「補聴器を作って頂いて、よく聞こえるようになったよ。もう大丈夫だよ」
と話しましたところ、それはそれはと喜んでくれて、涙を流しておりました。
もっと早く安心させてあげれば良かった。つくづくそう思いました。
こんな良い補聴器があることを、聞こえないで苦しんでいる方が沢山おられると思います。
もっともっと広めてくださいますようお願いいたします。
敬具 |
|
私は、読んでいるうちに涙が止まらなくなりました。
私が売った補聴器で、喜んでくれる人がいる!
その時、補聴器ってこんなにも人を幸せに出来るんだということを、しみじみ感じました。
私はこのとき、悩みを持っている人、困っている人の立場にたって、補聴器を販売していこうと決心しました。
この一通の手紙が私の原点です。
辛いとき、苦しい時はいつでもこの手紙を読み返します。
これからも皆様に喜んでもらえるよう、お役に立てるよう努力していきたいと思います。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
オオシマ補聴器センター 代表

|